2007年10月13日 一期生 内堀雄平 初段 小平市立第四中学校出身 身長 163cm 体重 55kg 柔道部のキャプテンを務め、三年次に相撲デビュー。関東大会に出場している。 拓一→拓殖大 タグ :#格闘技
2007年10月13日 一期生 大坪航 参段 武蔵野市立第五中学校出身 身長 170cm 体重 60kg 小学校時代にわんぱく相撲の予選に参加経験があったことから、自ら志願して二年次より大会出場。三年次には東京都大会にて軽量級で見事優勝を飾った。本校のコーチも務めた。 実績 関東予選東京都大会 軽量級 優勝(3年次) 拓一→拓殖大 タグ :#格闘技
2007年10月05日 国民体育大会 写真上は北海道成年Bチーム(左から、石島監督・長永・布施・青山) 上から二番目の写真は試合前の控えの状況(福井戦) 上から三番目の写真は試合前の様子。 写真一番下は対池浦戦(高知県) 9/30~10/3までの4日間で国民体育大会が開催されました。私は『故郷選手枠』で北海道の選手として出場しました。ちなみに、私は成年Bの中堅で出場し、対戦チームは1回戦香川県、2回戦福井県、3回戦高知県と対戦することとなりました。北海道の成年Bのメンバー、長永・布施・青山は三人が三人とも大野農業高校OBチームでした。予選1回戦、香川県との対戦。先鋒長永は危なげなく寄り切りでつないでくれました。国体の土俵には実に5年ぶりに上がり、緊張こそ無かったものの、立ち合いが2度会わず本番ならではの緊張感をその場面で味わうことになりました。相撲自体は危なげなく寄り倒しで完勝。大将戦は敗れたものの2-1で香川県をくだしました。予選2回戦、福井県との対戦。私の相手は専修大学のOB桂選手との対戦でした。彼は学生時代東日本学生相撲新人大会で3位入賞していることは知っていて、変な警戒心はありました。ただ、立ち合いが右四つ以外何もない(かち上げや双手突き)ということも承知していたので、左差しから一気に勝負を決めたいと思って立会いを考えていました。が、立ち合いは相手が勝り左上手を取ることに。相手は193cm、体重186kgあり、胸を合わせては歯が立たないということは充分警戒していたため、絶対に頭を上げないでしぶとい相撲で粘ろうと思って我慢を強いられました。相手の左上手は絶対に取らせないようにして最後は相手の出てくる力を利用して、左上手で捻りながらの右掬い投げで勝利。チームも2-1で勝ち、3回戦へとつなげた。しかし、3回戦の対戦チームは強豪高知県。相手は学生選手権で3位入賞経験のある実力者の池浦選手。とにかく自分の形で攻めようと、左差しから攻めるつもりががっちりと止められ、あっけなく寄り倒しで完敗。チームも0-3で敗れて2勝4点。・・・が、ここで奇跡の最少得点を成年監督の石島先生(この方も大野農業OB)が引き当てて望みを託すことに。対戦チームは富山県。相手はこれまた近大OBの浦山選手と対戦。先鋒が寄り切りで勝利してきたため、意地でも負けられない一番。左差しから相手の出し投げをこらえもろ差しになるも右の差し手は浅い。でも、自分の中では「この体制で勝負!!」ということで自ら仕掛けたのだが、相手に読まれて上手投げで完敗。大将戦も破れ1-2。同点決勝のボーダーラインが2勝6点だったため、あと1点とどかず予選通過はなりませんでした。長いあいだ土俵を離れ、久しぶりに上がった土俵の感触は安堵感を与えてくれたような気がしました。「もういいかな?」と言う気持ちと、「まだやれる?」と言う気持ちが葛藤しているような気がします。何より、国体での相撲内容には全て満足しているし、また、こういった気持ちを抱くきっかけを与えてくれた本校の酒井、稽古相手になってくれた阿部(皓)・間宮、国体出場のチャンスを与えてくださった北海道相撲連盟理事長をはじめとする連盟の方々、チーム一丸となって取り組んだ北海道の青山・長永・白尾・白鳥・渋谷、そして、沢山の応援をしていただいた方々に心から感謝の気持ちを伝えたい。精一杯最後まで諦めずやり通す事ができました。本当にありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。 タグ :#格闘技